宿

 時代劇といえば水戸黄門が良く知られている為か、そのイメージで考えてしまいがちなのが「宿」です。きっと江戸にも沢山の旅館があり、旅人達を迎えてくれていたのだろう…と、思いきや江戸には思ったほど宿はありません。
 なぜなら、そもそもの江戸の構想は「政治都市」だったからです。
 それまでは関西が政治の中心であり、家康が秀吉に勧められた江戸は殆ど未開発の状態だった事もあり、恐らく政治の施設だけ揃えば、その他の事は上方などの都市でやっていけるという思いがあったのでしょう。
 しかし、ご存知の通り政治の中心に居る事で最新情報を手に入れようと沢山の大名達が江戸に押しかけるようになり、最終的には百万の人口のうち、半数が大名というところまで膨れ上がりました。江戸の町はこの五十万を超える人々の生活の需要に応える為に、結果的に庶民文化も世界で最大規模にまで発展しました。
 なので他国からの観光客も数多く居ました。

 しかし建前は「政治都市」であるがゆえに、江戸には観光客などを受け入れる機能が余り発達していません。では、よそから来た人々はどうしていたのかというと…「公事宿」と呼ばれる宿があったのです。これはその名の通り、「公事」…つまり政治的な用事があって江戸に来た人が宿泊する為の宿でした。
 この公事宿は『百姓宿』と『旅人宿』に分けられます。前者は本当に百姓のみが泊まれる宿で、後者は一般人であれば誰でも宿泊可能な宿でした。こうした宿が旅行などで訪れた人々も宿泊させる事が出来たので、後には「江戸宿」と呼ばれるようになりましたが、本当は直訴だとかそういう目的の為だったそうで、公事宿の中にはそういった行為のサポートをする機能を持つものもあったそうです。

 時代劇で人々が泊まっているのは『旅籠』と呼ばれる宿泊施設です。宿場町に集中しており、これこそが本来旅人が宿泊する為の施設です。江戸市中で泊まらなくても、少し離れた宿場町に行けばきちんとした宿泊施設が完備されています。
 この旅籠にも幾つか種類があります。
 まず、本陣。これは大名が泊まる施設です。もしもこの本陣に大名が泊まろうとした際に違う藩の大名と重なってしまった場合は、身分の低い方が『脇本陣』と呼ばれる所で宿泊するようになっていました。
 次に庶民の宿泊としては『平旅籠』というのが普通の旅籠です。今で言う旅館のようなもので、泊まってご飯を食べて、また出掛けて行く…それが平旅籠です。もう一つあるのが『飯盛り旅籠』というもので、これは売春の機能を併せ持つ旅籠の事です。
 また、この旅籠へ泊まる余裕の無い人には『木賃』と呼ばれる宿泊施設もあり、これは食事などが無く、ただ泊まっていくだけという施設のことでした。時代が時代だけに夜の治安が良くないので、とりあえず野宿だけは避ける為の宿です。

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