昨今、日本では循環型社会への転換が進んでいます。
その時にしばしば例えに出されるのが、江戸の文化です。江戸の町には各種の修繕を行なう業者が存在しており、多少壊れていても直して再利用できるようにしてました。つまり、江戸時代は理想的な循環型社会が築かれていたというのです。
ただ、江戸の人々が現在人と同じ意図を持って「循環型社会」を目指したわけではなく、循環型社会になったのには別の理由があります。一つは庶民が逐一新しいものを買うほどの経済的余裕を持っていなかったこと、そして新しいものを作るにしても、一から十まで全てが人の手で作られるものだった為に、生産が追いつくはずも無かったので、再利用という方向にならざるを得なかったことが大きいようです。
特に衣服は古着が基本だったようです。現在人も最近はヴィンテージなんかを古着屋で服を買ったりする事もありますが、当時はファッションよりも、もっと生活に密着した普段着のレベルから古着屋に頼っていました。
また鍋などの日用品を修繕する職人さんも欠かせません。
この時代には「ふいご祭」という祭がありますが、そのふいごを持ち歩いて、色々なものを修繕していた職人さんの祭です。そういう祭がある事からも、この時代にそういった仕事への需要が多かった事が推測できます。
現在でも居る職人さんとしては、刃物を研ぎなおしてくれる職人さんもいます。現在では良くスーパーの店頭で包丁を売るのと一緒に研いでくれたりします。
そのほかには下駄を直してくれる職人さんもいました。日本でも以前、靴の底がちびないように、靴の裏に鉄板を張ってくれる職人さんが居たそうですが、そういった感じなのでしょう。驚く事には、陶器を修繕してくれる職人さんが居た事や、なんと既にこの時代には再生紙を作っている業者もあったそうです。
また、修繕だけではなくこうした職人は、もう再利用はしないと言う事で人々が手放したものを作り直して販売していました。パッと見て判る再利用品もあれば、傘の骨組みや蝋燭の蝋など、実は再利用品だったといったものまで、沢山のものが再利用されていました。
ちなみにこの時代に売られていたかつらも実は再利用品と呼べそうな代物で、落ちていた髪の毛を集めて作ったそうです。
なんだか芥川龍之介の『羅生門』の世界ですね。 |