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職業の事情-大奥2-
| 大奥1 |
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大奥とは江戸城本丸を三つに分けた際の表向、中奥、大奥の区分からきている名称で、そこでは将軍の正室、側室、生母、そし
て身の回
りの世話をする奥女中などが暮らしています。 つまり徳川家の覇権を守る為に作られたのです。 その重要性から、大奥で働く人は秘密厳守を誓詞血判しており、現在に至るまで大奥には数多くの謎が残されています。徳川幕府が倒れた後も、彼女達は口を 開く事は無かったといわれているので、まさにトップシークレットだったようです。 現在に伝わる数多くの大奥の話は、数少ない情報に憶測や創造性を加味して作られたもので、その実情はよく判っていません。 大奥の起源は二代将軍の秀忠が1607年につくり、その後1618年に大奥法度により、後の世に伝わる形になりました。 奥奉公は生涯奉公であるとされましたが、それは将軍に寵愛を受けた者のみでした。 寵愛を受けた場合は、桜田の御用屋敷に移り、位牌を抱き、亡き将軍の冥福を祈る事で余生を過ごす事になりました。 しかし役職が下の場合には、勤続年数によって定められた休暇があり、大奥の外に出る事も可能でした。 |
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