江戸の食事-鰻-

 『土用の丑の日』といえば現在でもウナギを良く食べます。
 これは脂分の多いウナギを食べてスタミナをつけようという事で始まった習慣ですが、江戸時代以前にもスタミナをつける為にウナギを食べる習慣はありました。
 それを特定の日に絞って大成功を収めたのが『平賀源内』です。
 この人はそもそも様々な事に手を出す意欲的な人で、発明以外では作家業などもしており、その仕事の一環として今で言うコピーライターもやっていました。
 彼がウナギ屋の依頼を受けて、書いたコピーによって現在でも通じる習慣が生まれた訳で、別に何か伝統的な伝説などがあってこの日にウナギを食べるようになったわけではなく、現在のバレンタインデーのチョコレートや、クリスマスのケーキなどと並ぶ偉大なキャッチコピーだったといえるでしょう。

 鰻の調理法も江戸は独自の方法を持っており、上方の方法に対して江戸流とも呼ばれます。
 その特徴の中で最も判りやすい違いとして、背開きでさばくということが挙げられます。上方では腹から割くのですが、江戸という武士による政治の中心部であった都市では、お腹を割くということが切腹を連想させてよくないという事から、背中から割くことになりました。
 それを白焼きにして、その後で蒸して臭みを取ってから食べるというのが江戸流です。

 そのウナギの食べ方として現在一般的なのが「鰻丼」です。
 ご飯の上にウナギの蒲焼をおいて食べるというものですが、この食べ方が登場したのも江戸時代のことで、ウナギが好きだった人が、忙しくて自分で食べに行く時間はないので届けてもらっていたけれど、それではウナギが冷えてしまう…という事で、ウナギの保温の為にお米の上に乗せて運んできてもらったのが起源だとされています。
 それが段々と蒲焼のたれとご飯の相性が良い…という事で、忙しくなくてお店にウナギを食べに行く事が出来る人々でも鰻丼で食べるようになってきたというのが始まりだそうで、江戸時代でも人気を博したわけですが、その当時から高級な食べ物であった事に変わりは無く、だからこそ特定の日に食べるという習慣が現在に至るまで脈々と受け継がれてきたのかもしれません。
 ちなみに丼物の起源も鰻だといわれています。

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