結婚生活

 江戸時代の庶民の結婚。適齢期を見てみると、男の結婚は二十代半ばから三十代前半くらいで現在と余り違いが無いのに対して、女の結婚は二十歳前後で結婚するのが普通だったといわれています。なので、女性の方はかなり早い結婚だったといえます。
 結婚に至るまでの経緯は、庶民は意外と自由恋愛が多かったといわれています。イメージとしては庶民の結婚はお見合いばかりだったのではないかというように想わないでもないのですが、お見合いは庶民でも裕福な層に多かったそうです。
 ちなみにこの時代の見合いというのはなかなか個性的で、例えばお互いに隣の店から相手の様子を伺ってみたり、時には(混浴が中心だった時期)銭湯で見合いをする事もあったそうです。

 ところで庶民はお見合いに対してそれほど良い印象を持っていなかったような節があります。様々な川柳や狂歌でお見合いについて茶化した内容のものがあり、その中にはお見合いの仲人の人は平気で親兄弟を死んだことにして家族構成を偽ったというものもありました。
 この家族構成は既に江戸時代から色々と問題を含んでいたようです。
 見立て番付という色々な物事をランキングにして楽しむという娯楽の雑誌のようなものがあるのですが、その中で「少ないもの」「沢山なもの」というランキングがあって、例えば金持ちにはケチが多いとかといった事をアンケート集計して入るのですが、なんと少ないものの中には「姑に孝行な嫁」、沢山なものの中には「嫁いびりの姑」とかいてあります。
 つまり、この時代には嫁姑問題は勃発していたということですね。

 さて、自由恋愛か見合いを経て結婚した庶民。式の内容については余り記録が残っていませんが、いつもより少し奇麗な服を着て、ご近所や友人を呼んで簡単なパーティーを催す程度だったようです。
 ちなみに庶民の場合は結婚の報告を大家にします。これはそもそも夫婦が同居するので、住民が増えますよという報告だったようです。

 結婚する際に女性が持参金を持って来るという習慣もあり、商人などの間ではかなり高騰していたようですが、庶民の間ではそれほど高騰する事も無く、余裕が無ければ形だけ持たせる…くらいの額の場合もあったようです。ちなみにこの持参金はあくまでも妻の財産として、保護されており、勝手に夫が使い込めば離婚原因となり、また離婚時に返却の必要がありました。
 ところでお見合いをプロの仲人に頼むと、その持参金の一割ほどが仲人の収入になりました。

 庶民以外の結婚となると武士ですが、こちらは色々と大変だったようで、庶民に比べると自由恋愛を経て…という事は少なく、お見合いや上級武士になると許婚が物心をついた頃から居るというのが一般的だったようです。
 更に武士は結婚を上司に報告、許可を得る必要がありました。許婚の場合は結婚する際に始めて会うくらいの事も珍しくなく、これもまた庶民は茶化して川柳や狂歌の題材にしていました。

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