江戸の警察

 江戸の町は鎖国をしていた為に文化的に遅れていた…という事を勉強するせいなのか、江戸の町というのは世界的に大した都市では無かったというイメージがあるようですが、別項でも触れる通りその数学的な知識や識字率など、世界でも最高の水準に達するものが幾つもありました。
 余り知られていないもう一つの世界に誇る江戸の特徴として挙げられるのが、江戸の町が抱えた人口です。参勤交代などの制度があった為に、かなりの数の武士が江戸に在住している事に加え、首都ですから当然のように町民の数というのもかなりいます。
 結果的に、江戸の町というのは17〜19世紀の世界平均から見て非常に人口の多い都市でした。その人口は百万人はいたとされていますので、現在の感覚から言っても、非常に大きな…政令指定都市級の都市であるといえます。

 しかし人口が増えれば、それだけ人々の中に占める悪人の割合というのも増えてきます。現在のような警備システムがあったわけではないので、かの有名なネズミ小僧と呼ばれた盗人のようなものもいれば、時代劇でも御馴染みのスリもいる。また、江戸時代というのはこれまた世界的に見ても平和な時期が長く続いた時代で、そんな時代だからこそ試し斬りがしたい!っていうことで、闇夜にまぎれて通行人を狙う辻斬りなどもあったわけで、武士がいっぱい居るんだから平和でしょ?というわけにもいかなかったようです。

 そこで、町の治安を維持する為に用意されていた公的な警備要員…今で言う、警察ですね、それが与力と同心です。北町、南町に与力が25名ずつの計50名。同心が120名ずつの計240名が所属していました。数から見ても判るとおり、与力の方が同心よりも上の身分で世襲制かつ200石を貰うという身分で、同心は一代限りで更に勤務時間も少し眺めとなっています。
 この人たちが更にお手伝いとして使っているのが、時代劇なんかで良く耳にする「岡引」さん達(他にも小者、下っ引きがいた)。殆どの場合、直接的に犯罪者を捕まえる為に動き回るのはこの人たちだったそうですが、実はこの人たちは与力や同心の個人的な部下で、今で言えば公務員ではありません。
 現在でもたまに交通マナーの向上の為にママさんパトロールなどがありますが、まぁ砕けて言えばそういった感じの身分の方だったようです。

 まぁなんだかんだといっても、きちんとした公務員は殆ど動かない、その代わりに私的な部下が動き回ってくれると言っても、それほどの数が居たわけではないので、町民達もそれなりに自警のシステムを確立させていったんです。

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