江戸の自警2

 現在の交番の元祖となった「自身番」ですが、厳密には現在の交番とは違う部分が沢山含まれて居ます。時代劇では交番のような扱いがなされることが多いので、そういった誤解を招くのかもしれませんが、それは一つの側面でしかないです。
 まず、自身番は原則として一つの町に一つあります。ただし小さな町の場合は隣の町と合わせて一つ…という場合もあり、そういう点では現在の交番に近いといえます。ただ、一つの町に一つ在るという点や、実質的な機能から考えると、町内会や町民館に近いと考えたほうが自身番の場合は理解しやすいと思います。
 この自身番の用途は、確かに同心たちが犯罪容疑者の事情聴取を行なうのにも使います。ただし、それだけでは無く町内の寄り合いも行なわれていますし、人別帳(現在の戸籍のようなもの)の管理、それに火事が発生したときに消火活動に使う用具もここにおいてありますし、消火活動に伴って行なわれる炊き出しもここで行なわれます。

 また、現在の交番と決定的に使うのは「自身番」というのは、それが設置されている(共同で設置している)町内で運営していることです。自身番という名前も家主自身が管理していた事からつけられた名前です。ちなみにここで雇われていた人のことを「書役」、「番人」と呼びます。
 昼間は町内の雑務を書役の人がこなし、夜の間の番を家主と番人の人が行なっていたそうです。つまり、自身番に交番のように公務員の人が常駐していたものではなかったんです。

 しかし町営であるために、そこそこ広い建物だったようで幕府から何度か大きさや中で飲食をしたりし内容にするように規制がされましたが、殆ど実質的な効果は無かったそうです。実際、閉じてはならないとされていた障子を閉じることで、中で飲食をしているのがばれないようにしていた…といわれています。
 ちなみに火事の際に鳴らされる「半鐘」もこの自身番にあります。こうしてみていると…強いて言うと交番よりは消防署に近いのかもしれないですね。まぁ、現在では交番は世界に誇れる治安維持のシステムとして君臨しています。

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