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『江
戸の男女関係』
江戸時代の頃は男尊女卑…というイメージが強いようですが、実際には江戸の町で女の人の
地位が低いという事はありませんでした。歴史の授業などでその様に感じられるのは、形式的な「その様に見える」ものを勉強するからです。
確かに要職に女性は居ませんし、江戸の長い歴史の中に
女性の将軍も居ませんが…、だからといって男尊女卑が貫かれていたのかというと、それは少し違います。
江戸には男性が女性を冷たく扱えない事情がありました。
江戸の最盛期の人口は百万人に達する大都市ですが、その人口比は圧倒的に男の方が多いのです。これは当初、江戸の町が政治の為の都市として作られ、そこ にビジネスチャンスを見た人々が集まって形成されていったという経緯が原因のようです。 普通なら「男の方が多いなら、男の力が増えるに決まっている」と思うところですが、江戸に住む人は別に人口比が多くても、何かを多数決で決めるわけでは ありません。普通に生活をしているのです。 という事は、人々が考える事は現在と変わらず、 結婚し て子供でも儲けて安定した家庭を…と願うわけです。しかし前述の通り、男社会。 記録によると江戸時代の初期では男の割合は女の三倍もあったといいます。これは相当に高い競争率になります。 この比率がようやく半々にまで引き上がるのは、 江戸時 代も終わろうかという時代でした。しかしそういう時代でも、一分権力者や裕福な人々が沢山の女性を占有してしまうので、その競争率自体がそれほど楽になっ てきたという傾向はなかったと思われます。 なので、男尊女卑を貫き通す余力は余り無かった ようで す。 現在でも同じかもしれませんが、優しく優しく、軽く貢いだり、お世辞を言ってみたり…そうする事で女性の気を引き、どうにか結婚を…と言う感じだったよ うです。 実際に、ラブレターの指南書も発売されて居たりします。 一方で女性の方も、より良い相手と結婚するため の花嫁 修業に勤しんでいます。そうなってくると、男にとってはお嫁さんを貰う為には、過酷な競争に勝ち抜かなければなりません。そんな中で、余り「女は男より下 がって歩け!」なんていえたものではなかったようです。 また、結婚しても形式上は「夫からのみ離縁を言 い渡せ る」という事になっていましたが、女性から離婚を突きつけることの出来る手段というのもあり、なかなか男尊女卑の方向というのは貫く事が出来なかったよう です。 いつの時代も女性は強しですね。 |
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