紳士録-山田浅右衛門-
有名な人から無名な人まで、全員取り揃えてみました。

 現在の日本における刑罰としての死刑の執行は絞首刑によってのみ行なわれますが、江戸時代には犯罪の内容に対応して数種類の死刑がありました。日本の国の悪しき伝統として残酷な手段が多いというのは良く知られていますが、その中にプロの執行人が居た事は余りしられていません。
 その人が「山田浅右衛門」。
 このように書くと長い江戸時代に1人がある時期に限っていたように聞こえるかもしれませんが、なんとこの山田浅右衛門は世襲の名前として代々受け継がれていました。なので、「○代目・山田浅右衛門」という形で続いていたわけです。

 さて、この人達の本来の仕事は「御試御用」。
 簡単に説明すると、刀の切れ味を試すための職業についていました。江戸時代は初期に少し騒乱があったのを除くと平穏であり、また社会制度が行き届いていた為に、武士でも滅多なことでは人を斬ることは許されませんでした。
 そんな中で辻斬りも横行していましたが、この「御試御用」で試される刀というのは将軍家が使ったりするような、超一流の身分の人々の持ち物でした。それを辻斬りなどの不法な手段で切れ味を試すというわけにもいかないし、試していないものを献上するのもどうだろう…という感じで、この仕事が生まれたようです。

 初期は刑を執行された罪人の亡骸で試し斬りをしていましたが、どういうわけか途中から斬首刑の執行も山田浅右衛門が担当するようになっていきました。というわけで、代々斬首刑を執行するという、奇妙な一族が誕生することになったのですが、この山田の家系は名前を踏襲する割りに、しばしば血の繋がりの無い人物が混ざっています。
 御試御用と同時に斬首刑を代々行なうということで、実子に継がせるのを嫌がった人が多かったようです。しかし嫌な仕事ほど稼ぎが良いというケースはよくあることで、この山田浅右衛門はかなりの高収入を約束されていたそうです。
 ちなみに斬首刑が廃止されるのは明治の中期ですが、山田浅右衛門はその時まで執行人として勤め上げています。様々な歴史の背後で黙々と陰の仕事を続けてきた山田浅右衛門。ただの死刑執行人とは思えないところもありますね。

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