お金の事情-銀貨-

 商人の間で良く流通していたといわれるのが、銀貨です。

 しかし、この銀貨という貨幣は特に初期に判りづらい使われ方をしています。その理由というのが「秤量貨」という方式が取られていたからです。字から想像できる通り、これは重さ…当時風に言えば、目方を測定することでその価値を決めていたものです。
 丁銀という貨幣…というよりは、握りつぶされたおにぎりのような形をしたものと、豆板銀と呼ばれる、現在の一円玉に少し似ているような銀玉っぽいものが知られています。

 前者の丁銀の方はおよそ同程度の貨幣価値になっていたといわれていますが、豆板銀の方はその重さ(価値)にばらつきがよく見られたそうです。時代劇なんかで商店に秤がぶら下げてあったりするのは、主にこの銀貨を測定するためです。
 …と、いうのも丁銀の方は大きさがあるので財布に入らないということで、一般の買い物に用いられる事がなかったからだそうです。丁銀の貨幣価値は約43匁といわれています。一両が公定換金率で60匁とされていることから考えても、かなり価値のある貨幣だったのだから、当然かもしれませんが。
 という事で、商人の財布の中には様々な大きさの銀玉…のように見える、豆板銀が詰め込まれていたんでしょうね。わざわざ買い物のたびに測量していたんですから、やはり江戸時代の日本人の数学レベルの高さについての逸話というのは事実なんでしょう。

 中期以降は表記された分だけの貨幣価値が保障されている表記貨が銀貨にも導入されました。ちなみに銀貨は下級の武士が使うことを推奨された貨幣です。下級の武士の方も、このように不便な貨幣の使用を推奨されたのでは、出世欲が随分と出たことでしょう。

 ところで、江戸では金貨が中心の文化だったのですが、関西では金貨よりも銀貨の方が良く使われていたそうです。なんとなく、現在の商売人の町の片鱗を思わせるようなエピソードです。

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