相撲

 日本の国技として知られるのが「相撲」です。
 現在でも人気を集めている種目ですが、江戸時代でもそれは同様でした。特に江戸時代は「相撲取り」を職業とする人々が出てきた時代で、そういう意味ではプロ種目としての「大相撲」の始まりだったと言えるかもしれないです。

 プロスポーツとしての相撲の始まりは、「勧進相撲」と呼ばれるもので、神社の修復代などの金銭を集めるのに相撲でお客を集めるというもので、神聖な儀式だったとも言えます。それが段々と民間人が主催するようになっていき、現在のような形になった訳です。
 この時代の相撲は今ほど大規模ではなく、年に二場所。屋根が無い土俵でするので、雨が降れば延期という感じで、当日にならないと、出来るのかどうかは判らなかったそうですが、それでも人気を博したのは、それ以外にプロスポーツに値するものがなかったからでしょう。
 また、この時代に相撲取りがプロとして成り立つ背景には、力士が武士として雇われていたという点も外せません。多くの力士はどこかの藩に召抱えられて給料を貰っていたそうです。その給料と、相撲をする事によって得られる収入で生活していたのです。

 横綱が始めて登場したのも江戸時代です。それ以前は大関が最高位だったのが、名誉職という形で横綱が生まれたんですね。こういう所からも現在の大相撲の原型が見えてきます。

 相撲人気を反映するものとしては「見立て番付」の流行も挙げられるでしょう。相撲の番付を真似て、様々な物、事象、人などにランク付けをして楽しむという物が流行ったんですが、これが流行るくらい相撲の人気もあったということでしょう。
 さて、その相撲は基本的に「二場所」を観戦できるのは男性のみで、女性は稽古相撲と呼ばれた各地を巡廻していた相撲ならば見ることが出来ました。相撲界は今でも土俵の上に女性を乗せることを拒むなど、閉鎖的であるといわれることがありますが、今では大相撲の際には女性も沢山入り、沢山の声援を送っています。少しずつでも時代は変わっていっているんですね。いつかの未来には、「○○○○年までは、土俵の上に女性が立つことが許されなかった」という記述が「へぇ〜、そうだったんだ」という風に読む人がいるような時代も来るのかもしれないですね。

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