駕籠

 駕籠。
 江戸の交通手段としては代表的なものですが、料金はかなり割高なので、庶民が頻繁に利用できたものではありません。システムとしては庶民にも優しいものが出てきていたのですが、幕府の規制によって上手く行っていません。
 今から考えるとそこまで規制するのもおかしいと思うかもしれませんが、料金の規制どころか庶民が駕籠の利用をする事を公式に認めたのは四代将軍である家綱の時代という有様でした。幕府の方針はずっと贅沢を嫌っていたので、色々と規制がありました。
 しかし江戸の人がそれほど駕籠を利用しないのには料金が高いということのほかに、駕籠に乗ってまで出かける用事がそれほどなかったという事も挙げられます。
 黙っていても生活必需品は振売りが売りに来ますし、世界一の規模である大都市・江戸の中に居る限り、それほど遠くに行かなくても大抵の物は揃ったはずだからです。

 さて、庶民が利用する駕籠の事を「辻駕籠」と呼びますが、辻駕籠はその名の通り現在のタクシーのように人がよくいる場所でお客を待っていて、気が向きさえすればすぐに利用する事の出来るようになっていました。勿論、現在のタクシーと同様に詰め所で直接乗せてもらう事も可能でした。
 しかし前述の通り、料金設定は余り庶民に優しいものではなかったので、病人の外出や、遠出していた時に使うくらいが関の山だという感じだったようですが、一方で江戸に住んでいる男性には駕籠を使う特別の習慣がありました。
 それは吉原に行くときです。今で言う風俗街ですが、ここへ行くときは駕籠を使っていくのが良いとされていたようです。江戸っ子の見栄ですね。

 駕籠を職業とする人を駕篭かきと良い、身体さえ丈夫であれば出来る職業だったそうです。しかしその頃の駕籠の歴史は幕府からの規制との戦いの歴史でもあり、時には従わされたり、従う事無くこっそりとやっていたり、色々と大変だったようです。 

 ところで、駕籠の内で身分の高い人のみが使えた駕籠の事を特に「乗り物」と呼びます。
 庶民を相手にする駕籠では、余所者に料金を吹っかけたり、わざと遠回りをして料金を多く請求したりという悪徳業者も居たようで、まるで現在の日本人が外国に旅行したときのエピソードのようでもあり、人間というのは時代は変われど、考える事は時代や国を問わず余り変わらないんだと思わされるエピソードです。

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