大名行列

 江戸において庶民が楽しめるものは有料のものばかりではありません。
 その中には歴史の授業では「娯楽」とは紹介されていないものも含まれています。その代表格といえるのが「大名行列」でした。地方では大名行列に対する様々な格式のような事が言われていますが、江戸はその大名行列が行き着く地。大名が来るたびにそんな儀礼にこだわっていたのでは、キリがありません。
 とりあえず大名行列を刺激するような事をしなければ、のんびりと見学をしていても問題はなく、それは江戸に住んでいる人は勿論、地方から来た人々にも好評な「娯楽」だったといえます。
 大名行列についての仔細は別項で触れますが、藩主、藩士達が江戸に一定期間の単身赴任に来るもので、天下人である江戸の将軍の警護や、江戸に居る事で最新情報の獲得、また将軍への忠誠をアピールする…などの目的がある行動で、幕府からすると地方の国々の財政を削る手段でした。

 大名行列を構成する側の大名の人々も、一般の人々に見られることを把握した上で移動を行なっており、出来るだけお金を費やして見栄を張った豪勢な行列にする事を心がけていたといいます。例えば、歴史の教科書では「大名行列、江戸での在住は藩の財政を圧迫した」と習いますが、その一方で江戸幕府が規定するよりもずっと多くの人々が江戸に押しかけています。
 その為、江戸までに来る費用は現在の貨幣価値で言えば数億円がかかり、江戸から遠い藩であればあるほど、かなり大変だったそうです。しかし、武士は名誉職。行列にかける費用をケチれば家の名に関るという事で、豪勢にやっていたわけですね。そして、江戸の町民はそういった様子を見ては、楽しんでいたそうで、その大名がどこの大名かを見分けるためのガイドブックも良く売れたそうです。

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