ファッション-口紅-

白粉
 

 江戸時代のお化粧を代表する『白粉』。
 顔、首筋から胸にかけてまで白く染めるのは、女性が余り屋外に出ない平安時代、屋内でも顔が綺麗に見えるようにと化粧を始めたのがきっかけで、伝来は奈良時代くらいだったといわれています。
 当時の白粉には大きく二種類がありました。

 一つは『軽白粉』。
 水銀を中心とした成分の白粉で、江戸時代には原料を中国より輸入し、それを加工していたので、高級品でした。
 ちなみに殺菌効果があるとされ、梅毒の特効薬としても知られていました。
 主に利用していたのは身分の高い人々です。

 もう一つが『鉛白粉』です。
 これは安くて、花魁や歌舞伎役者、そして庶民にまで広く伝わりました。ただしこの『鉛白粉』には重大な欠点がありました。
 使いすぎると鉛中毒にかかってしまうのです。
 鉛中毒は消化器系と神経系に現れ、江戸時代はそれほど大きな問題にはならなかったようですが、明治時代に入って有名人の発症など、大きな社会問題となり、無鉛の白粉の開発なども行われましたが、やがて現在と同様に人の本来の皮膚の色が好まれるようになりました。
 

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