ファッション-靴-

 江戸時代の足元と言うと、全ての国民は下駄だというイメージが強いようですが、これは地域によって異なったようです。有名な川柳にあるように大阪は足袋が一般的な履物で、京都では草履がよく利用され、江戸では下駄が好まれていたそうです。
 江戸で下駄が一般的になったのには一つの理由があります。江戸の地面には雨が降れば道がドロドロになり、青天が続けば埃っぽくなるという特質がありました。現在では東京でなかなか剥き出しの地面を歩くという機会はありませんが、そもそも江戸の辺りは関東ローム層と呼ばれる地質ですね。

 その為、下駄を履くことで足元が汚れることを防いだのです。ファッション云々よりも実用性から用いられていたようです。雨の日に使う高下駄などは、現在で言うところの長靴のようなものだったのかも知れません。
 なので、雨や晴れの害がない場合や場所であれば草履も使われています。

 なので下駄のファッション的な要素というのはそれほど高くありません。あえて言えば桐下駄が人気を集めていたという事くらいでしょうか。ただし花魁(吉原の上級遊女)達は例外で、非常に高い下駄を履き、足をくねらせるような独特の歩き方をして注目を集めたそうです。
 かなりゆったりとした歩き方だったそうです。一般庶民には無理をしても近づく事の出来なかった存在、花魁。彼女達は文字通り頭のてっぺんから足の先まで別の世界の住民だったのでしょう。

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